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東京高等裁判所 平成8年(ネ)4017号 判決 1997年6月19日

控訴人

遠州信用金庫

右代表者代表理事

守田吾朗

右訴訟代理人弁護士

鈴木俊二

控訴人

静岡県信用保証協会

右代表者理事

林四郎

右訴訟代理人弁護士

石塚尚

被控訴人

大井清八

右訴訟代理人弁護士

渡辺昭

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

主文と同旨

二  被控訴人

控訴棄却

(ただし、被控訴人の控訴人静岡県信用保証協会に対する請求は、当審における請求の減縮により、「被控訴人の控訴人静岡県信用保証協会に対する平成六年四月二五日付け代位弁済に基づく金五八三万〇一八五円の求償金債務の存在しないことを確認する。」に変更となった。)

第二  事案の概要

本件は、控訴人遠州信用金庫(以下「控訴人金庫」という。)と野末妙子(以下「妙子」という。)間の信用金庫取引契約につき生じる妙子の債務の一切を包括的に連帯保証した被控訴人が、信義則による責任の限定を主張して、控訴人金庫に対して妙子の残債務についての連帯保証債務及び妙子の債務を代位弁済した控訴人静岡県信用保証協会(以下「控訴人保証協会」という。)に対して求償債務が存在しないことの確認を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  妙子は、昭和五四年七月一四日控訴人金庫との間で信用金庫取引契約(以下「本件信用取引契約」という。)を締結し、被控訴人は、その頃控訴人金庫との間で妙子の控訴人金庫に対して負担する現在及び将来の一切の債務について連帯して保証する旨の包括根保証契約(以下「本件保証契約」という。)を締結した(争いがない)。

2  控訴人金庫は、妙子に対し、本件信用取引契約に基づき、別紙貸付状況一覧表記載のとおり金員を貸し付け、同返済状況等記載のとおり返済を受けた。その結果、控訴人金庫は、平成六年一月当時、妙子に対し、同一覧表番号70、75、77、79、84、88、89、94及び95(以下、同一覧表の貸金あるいは貸付をその番号に従い、「本件70の貸金」又は「本件70の貸付」などといい、これら個々の取引を総称して「本件個別取引」ということがある。なお、同一覧表の欄外及び同返済状況等の括弧書きのAないしI債権は、原判決のAないしI債権に相応する債権であることを示したものである。)の貸金債権を有していた。なお、控訴人保証協会は、平成六年四月二五日本件77、79、89、94及び95の貸金について妙子に代わって代位弁済した。そして、控訴人保証協会は、右代位弁済金について一部弁済を受けたため、求償債権元本残額は一一六六万〇三七〇円となっている(甲一二、一三、乙五、丙一ないし一五、弁論の全趣旨)。

3  控訴人金庫は、被控訴人に対し、被控訴人が本件70、75、84及び88記載の貸金の元本額合計八八〇万円について、連帯保証債務を有している旨を主張し、控訴人保証協会は、被控訴人に対し、被控訴人が連帯保証人であることから、右2の求償債権のうちの半額である五八三万〇一八五円の求償金債権を有する旨を主張している(争いがない)。

4  被控訴人は、控訴人らの右3の主張に対し、本件保証契約がいわゆる包括根保証契約であることから、被控訴人の連帯保証人としての債務の存在を争っている(弁論の全趣旨)。

二  争点及びこれに対する被控訴人の主張

1  争点

被控訴人の本件保証契約に基づく連帯保証責任は、本件保証契約が包括根保証契約であることなどの事情によって、信義則ないし権利濫用法理により制限されるかである。

2  被控訴人の主張

いわゆる包括根保証は、保証期間も保証限度額も形式的には制限のないものであり、この効力をそのまま認めると保証人にとって極めて酷な結果となる。したがって、その責任は無限の額に及ぶとすべきではなく、信義則ないし権利濫用法理により、当初の保証契約のされた事情、その後の期間の長短、主債務の額の増加傾向、及びその際の保証人に対する個別の保証意思の有無や貸主側の背信的行為の有無などを総合的に検討して、その保証金額ないし保証期間につき合理的な限定をはかるべきである。本件においても、次のような個別事情を考慮して、その責任の限定を認めるべきである。

すなわち、①妙子と控訴人金庫との間の本件信用取引契約は、昭和五四年七月一四日妙子がカメラ店を開業するにあたって締結され、被控訴人は、妙子の妹の夫という身内の情誼に基づき本件保証契約を締結したものである。そして、本件個別取引は、本件信用取引契約成立より約七年ないし一二年の長期にわたって行われており、その間控訴人金庫からは被控訴人に対して何らの連絡もなく、本件77及び79の貸付を除いては、予め保証人である被控訴人の意向を確認するなどの措置が全く採られなかった。のみならず、控訴人金庫は、妙子の支払が滞り、返済状況が悪化し、手形貸付についてもいわゆるジャンプを繰り返すようになっても、被控訴人に何の連絡もせず、妙子に対して支払の猶予を繰り返していた。したがって、本件は、被控訴人に保証契約の解除権が認められるケースである。②一方、控訴人金庫は、被控訴人には秘匿し、保証能力のない井村博充を新たに当座貸越契約などの連帯保証人として、妙子に対する更なる貸付を行い、貸付額を増加させた。③さらに、控訴人信用金庫の営業部長加藤守(以下「加藤」という。)は、平成四年一二月二六日被控訴人に対し、本件77及び79の貸金につき、残額があるとして、これをまとめて一〇年の返済に移行したいとして、被控訴人の個別保証を求めてきた。その際、加藤は、被控訴人に対し、右以外に妙子には何らの貸付もない旨虚偽の事実を申し述べた。④被控訴人は、個別保証に係る本件77及び79の貸金については、平成六年五月二五日控訴人保証協会に弁済済みである。

したがって、被控訴人の控訴人金庫に対する連帯保証債務は、平成六年一月当時の貸金のうち、本件77及び79の貸金に限定されるべきであり、その余の本件70、75、84、88、89、94及び95の貸金については保証の責任が及ばないものと解すべきである。

第三  争点に対する判断

一  第二の一の事実に証拠(甲三ないし一四、二一、二二、乙一の1ないし5、四、五、丙一ないし一三、一四の1、2、一五、証人野末妙子、同加藤守、同大井和浩、同鈴木敏彦、被控訴人本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  妙子は、昭和三九年七月ころから静岡県浜松市元浜町の自宅において、フィルムの販売、現像取次、出張撮影、カメラの販売など写真に関する仕事をしていたが、昭和五三年に野末昌克と婚姻するのを機に同市中沢町に店舗兼住宅を借りることとなり、同年二月から同所において「野末ファーム」なる屋号でカメラ店の営業を開始し、昭和五五年一一月には店舗を改築した。

2  妙子の当時の取引銀行は静岡銀行であった。妙子は、同市中沢町に移転したころから、控訴人金庫の職員の勧誘を受けるようになり、野末ファームの営業資金に当てるため、昭和五四年七月一四日控訴人金庫との間で本件信用取引契約を締結した。その際、妙子は、自分の妹の夫である被控訴人に右契約の連帯保証人になることを依頼し、被控訴人はその目的を承知のうえこれを承諾し、「信用金庫取引約定書」(乙一の1)の連帯保証人欄に署名押印した。なお、右書面には「保証人は、本人が第一条に規定する取引によって貴金庫に対し現在および将来負担するいっさいの債務について、本人と連帯して保証債務を負い、その履行についてはこの約定に従います。保証人は、貴金庫がその都合によって担保もしくは他の保証を変更、解除しても免責を主張しません。」との記載がある。

3  控訴人金庫は、妙子に対し、本件信用取引契約に基づき、別紙貸付一覧表記載のとおり金員を貸し付け、妙子はこれをカメラの仕入代金の支払など営業資金として使用していたが、その個別の貸付を受ける際、被控訴人にその都度了解を受けることはなく、控訴人金庫もこれを被控訴人に連絡しなかった。妙子は、営業利益の中から、あるいは、改めて控訴人金庫から借入を起こすなどして同返済状況等記載のとおり返済をしていた。被控訴人は、年に数回野末ファームを訪れており、控訴人金庫からの借入金が野末ファームの営業資金に使用されていることは承知していた。

4  被控訴人は、昭和六一年八月静岡県浜松市南伊場町から肩書住所地へ住所を変更したため、同年九月一七日控訴人金庫に対し、住民票を添付して住所変更届を提出した。

5  妙子は、昭和六〇年、六一年ころ店舗を一部改装したが、その際家賃が増額されたことや、取引先の方針変更により取引額が激減したことなどにより、野末ファームの経営状態は、そのころから徐々に悪化し始め、昭和六三年に入るとその傾向が一段と強まり、借入金残高は、昭和六二年末ころの一五〇〇万円台から平成元年三月には三五〇〇万円台に上昇し、平成元年から平成二年にかけて若干の減少をみたが、それ以後平成五年末までほとんど減少せず二九〇〇万円台を維持している。なお、実質的に新しい貸付は本件91の貸付が最後であり、本件92ないし95の貸付は従前の貸付を返済するための借り換えであった。

6  被控訴人は、昭和六三年三月九日及び同年四月二八日本件77及び79の貸金(一〇〇〇万円及び二五〇万円の証書貸付)について、個別に連帯保証をし、金銭消費貸借証書にその旨の署名押印をした。なお、野末ファームの昭和六三年分の所得税申告決算書による売上金額は四一八〇万〇八三五円であり、その所得金額は二九六万四九一三円であった。

7  妙子は、平成元年一月三一日本件89の貸付につき、また、同年六月二八日本件94の貸付につき、店の顧客であり、野末ファームの経営に参加する意向を有していた井村博充に連帯保証人となってもらったが、このことを被控訴人に連絡したことはない。

8  妙子及び控訴人金庫の加藤は、平成四年一二月二五日ころ被控訴人宅を訪れ、控訴人金庫と妙子の間で、妙子が本件77及び79の貸金の残額合計約八〇〇万円を一〇年の分割弁済で支払う合意ができたのでその内容を記載した書面を作成する旨を説明し、連帯保証人である被控訴人はこれを了承した。

9  野末ファームは、平成五年一二月末ころ手形の不渡りを出して倒産した。当時の妙子(野末ファーム)の債務は、本件70、75、77、79、84、88、89、94及び95の貸金の債務でその総額は、約二九〇〇万円であった。なお、被控訴人は、個別保証をした本件77及び79の貸金(当時の残額約七五〇万円)については、控訴人保証協会が代位弁済をした後、同控訴人にこれを弁済した。

二  右一の認定に関し、証拠(甲二二、証人野末妙子、同大井和浩、被控訴人本人)中には、加藤が平成四年一二月二五日ころ被控訴人宅を訪れた際、被控訴人が妙子の残債務を確認したところ、右約八〇〇万円のみであり、他にはない旨述べたとする供述部分ないし供述記載部分がある。しかしながら、証人加藤はこれを明確に否定しているうえ、証人鈴木敏彦の証言によれば、その際、加藤の説明を聞いていた被控訴人の妻が「そんなに借入があるの」と驚いたような対応をしていることが認められること、被控訴人代理人からの控訴人金庫に対する平成六年二月九日付け回答書(甲一の1)中には、責任を限定すべき理由として、妙子の債務が多額に上っていることを承知していなかったことを挙げているものの、加藤がそのような虚偽の報告をしたことは記述されていないことなどに照らすと、右供述部分等は容易に採用し難いものというべきである。

また、被控訴人本人尋問の結果中には、被控訴人が本件保証契約を締結する際、妙子がどういう目的で本件信用取引契約を結ぶのか全く聞かなかったとして、右目的を知らなかったかのごとく述べる部分があるが、この部分は、保証人となろうとする者の認識として、いかにも不自然であるから、にわかに措信することができず、しかも、被控訴人自身「妙子の店舗の改装には賛成した」と述べ、「どのくらいの限度でのお金の貸し借りを想定していたか」との質問に対して「カメラ店の店構えや規模からして大したことはないと思っていた」と答えていることからして、当時、被控訴人は控訴人金庫からの借入金が妙子のカメラ店の店舗の改装やその営業資金として使用されることを認識していたものと認められ、したがって、右一に認定したように、被控訴人は、本件信用取引契約の目的が野末ファーム営業資金を得るためのものであるということを知っていたものと認定するのが相当である。

そして、他に右一の認定を左右するに足りる証拠はない。

三 ところで、保証期間及び保証限度額を定めないいわゆる包括根保証契約における保証人の責任は、その保証契約の性質からして、主たる債務者と債権者との個々の取引につき保証人が同意していないとしても、これによって生じた主たる債務者の債務全額につき責任が及ぶのであるが、その範囲は常に全く無制限であるとはいえず、取引の通念、右契約締結の経緯等に照らし、その範囲が一定額に限定されていると認定し得るときはもとより、諸般の事情に照らし、信義誠実の原則により合理的な範囲に限定するのを相当と認められるときにも、その責任の範囲は制限されるものと解されるのである。しかしながら、右の包括根保証契約については、契約後相当期間を経過したときは、一定の予告期間を設けてこれを解約することができるとともに、主たる債務者の資産状態の悪化、保証人の主たる債務者に対する信頼関係の破壊等といった事情変更が生じたときは、即時解約もすることができるとされ、これによって、債権者の利益にも配慮しつつ、保証人に不当に過酷な責任を負わせることのないようにする途が用意されているのであり、このことをも考慮にいれて、信義則による責任の範囲の制限の可否を検討すべきものである。そうすると、取引の通念のほか保証契約に至った事情、債権者と主たる債務者との取引の具体的態様、経過、債権者が取引に当たって債権確保のために用いた注意の程度、保証人の主債務についての認識の程度、その可能性、主債務の使途、額その他一切の事情を考慮し、また、保証人には右の解約権の行使が認められていることを勘案したうえ、保証人に主債務の全額又はその一定額を超える額につき責任を負わせるのが不相当であると認められる特段の事情が存する場合に初めて、信義則により保証人の責任につきその範囲で制限をすることが認められるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記一の事実によれば、被控訴人は、本件信用取引契約により妙子が控訴人金庫から借り入れた金員が野末ファームの営業資金として使用されることは了知していたものであり、被控訴人は、妙子の義弟であったことから、年に数回野末ファーム(妙子方)を訪れており、妙子と控訴人金庫との個々の取引の内容などについて、その都度連絡は受けていなかったものの、これを十分知り得る立場にあったこと、妙子と控訴人金庫との取引額はカメラ店の営業資金として極端に多額なものではなく、控訴人金庫の妙子に対する貸出及び債権管理に特段問題があったとの事情も窺われないこと、妙子の債務額の増加(被控訴人の連帯保証債務額の増加でもある。)の原因は、別に新店舗を増設して営業の規模を特に拡大するなどということによるものでもないし、営業資金以外への流用などという被控訴人に予想できないような原因によるものでもなく、通常の営業の過程における債務の累積によるものであること、その経営の破錠の原因も特異なものではなく、被控訴人において全く予想できない事態ではないこと、控訴人金庫が被控訴人に対し、本件77及び79の貸付について個別保証を求めた際にも(昭和六三年三月及び四月)、また、その貸付の弁済方法の変更について説明した際にも(平成四年一二月)、控訴人金庫がそれ以外の貸付の連帯保証債務を免除したことを窺わせるような事情は存在しないことなどが認められるのである。そうすると、妙子の控訴人金庫に対する債務の残額が昭和六二年末ころから平成元年三月ころにかけて急に増加していること、妙子の控訴人金庫及び控訴人保証協会の債務の残額がかなりの額(平成五年末当時約二九〇〇万円)であること、また、被控訴人が右残額のうち個別保証をした本件77及び79の貸金(残額約七五〇万円)については既に弁済していることを考慮しても、被控訴人としては、右の個別保証をする際に、控訴人金庫に主債務の残額を確認するなどして、場合によっては解約権の行使をすることにより、以後保証人の責任を免れることもできた筈であることをも考え合わせると、被控訴人に本件保証契約による債務の全額につき責任を負わせることとしても、それが不相当であるとは到底考えられず、他に前記の特段の事情を認めるに足りる証拠もない。

四  そうすると、被控訴人は、控訴人金庫に対し本件70、75、84及び88の貸金の元本額合計八八〇万円について連帯保証債務を負担しており、控訴人保証協会に対し五八三万〇一八五円の求償金債務(連帯保証債務)を負担していることとなる。

第四  結論

以上によれば、被控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきであり、これと異なる原判決は不当であるから、民訴法三八六条によりこれを取り消したうえ、被控訴人の請求を棄却することとする。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官丸山昌一 裁判官小磯武男)

別紙<省略>

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